大判例

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横浜地方裁判所 昭和61年(タ)199号 判決

原告

甲仙子

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

原告補助参加人

乙善姫

被告

横浜地方検察庁検察官検事正

水原敏博

被告補助参加人

丙健男

被告補助参加人

丙国成

右両名訴訟代理人弁護士

床井茂

主文

一  国籍韓国、本籍韓国済州道北済州郡朝天邑咸徳里一四三七番地亡甲文龍と国籍韓国、本籍韓国済州道北済州郡朝天邑咸徳里一四三七番地亡丙月先との間に婚姻関係が存在しないことを確認する。

二  訴訟費用のうち、被告補助参加人らの参加によって生じた部分は被告補助参加人らの負担とし、その余は国庫の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  原告

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告及び被告補助参加人ら

(本案前の答弁)

1 本件訴えを却下する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(本案の答弁)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  訴訟要件について

1  婚姻関係も一の法律関係であるから確認の訴えの対象となる。

2  昭和五七年四月二〇日、甲文龍(以下「文龍」という。)は死亡し、その相続が開始した。

文龍は、原告が出生したとき、父としてその出生届を日本の戸籍官吏に提出しているが、出生届が認知の効力を有するか否かは認知の方式の問題であるから、法例八条二項により日本法を準拠法とするところ、日本法において父のした出生届が認知の効力を有することは確定した判例であるから、右出生届は認知の効力を有し、原告は文龍の実子となる。

文龍の相続人は、文龍の直系卑属である原告と亡甲天吉(以下「天吉」という。)のみであるが、亡丙月先(別名丙月仙、昭和六〇年七月二四日死亡、以下「月先」という。)の弟である丙国男(以下「国男」という。)は、文龍と月先は生前婚姻関係にあった(以下「本件婚姻」という。)と主張し、従って月先も文龍の相続人であって、月先はその相続分にかかる遺産を天吉と国男に対し遺贈したとして争っている。

文龍の遺産には種々のものがあり、その範囲、内容は明らかでなく、そのほとんどは国男が占有管理しているので全体の把握は難しく、また、積極財産のみならず消極財産もある。従って、個々の財産についての返還請求ないし確認請求等では本件の紛争を解決するに適さない。

3  よって、原告は、本件について確認の利益及び原告適格がある。

二  請求原因

1  本件婚姻の不存在

文龍と月先は、昭和二七年日本において挙式し、以来文龍の死亡時まで日本で同居していたが、婚姻の届出をしていない。

届出が婚姻の成立要件か否か、また、その要件を満たさない婚姻の効力如何は婚姻の形式的成立要件の問題であり、法例一三条一項但書により挙行地法の適用を受けるところ、本件婚姻の挙行地は日本であるから、日本法が適用されると解すべきである。

従って、日本における婚姻届出のない本件婚姻は不成立・不存在である。

2  仮に、本件婚姻の準拠法が韓国法であるとしても、本件婚姻は不成立・不存在である。

韓国の戸籍には、文龍と月先の婚姻が有効にされたかのごとき記載があるが、これは、国男ないしその協力者が韓国の戸籍訂正の制度を悪用した結果である。

即ち韓国渉外私法上、婚姻の方式の準拠法は挙行地法とされているところ(韓国渉外私法一五条一項但書)、内国の婚姻については届出主義をとるので(韓国民法八一二条は、日本法と同様当事者の創設的な届出である申告を成立要件とする。)、在外邦人が外国で有効な婚姻をした場合韓国法上有効な婚姻が戸籍に反映しない事態が生じるから、それを避けるために外国での有効な婚姻を前提とした戸籍訂正の制度(在外国民就籍・戸籍訂正及び戸籍整理に関する臨時特例法)があるが、国男ないしその協力者はこれを悪用し、日本において文龍と月先の有効な婚姻届出がされた旨の文書を偽造して戸籍訂正の申立をしたのである。

従って、日本において当事者の有効な婚姻届出のない本件婚姻は韓国法上も不成立・不存在である。

三  被告らの主張

(被告)

1 本案前の主張

本件訴えの訴訟要件中、原告適格及び訴えの利益を基礎づける事実はすべて不知。

仮に、これらが認められるとしても、当事者双方死亡の場合の婚姻関係不存在確認請求については、検察官を被告とし得る明文の規定がないばかりか、訴えの対象も過去の法律関係であるから、本件訴えは不適法として却下されるべきである。

2 本案について

請求原因1の事実は不知。

(被告補助参加人ら)

1 本案前の主張

(一) 本件婚姻関係において、夫である文龍は昭和五七年四月二〇日に、妻である月先は昭和六〇年七月二〇日にいずれも死亡しているので、本件婚姻関係は過去の法律関係というべきである。従って、その確認を求める本件訴えには確認の利益がない。

(二) 原告の主張する紛争を解決するには、個々の財産に対する確認請求ないし引渡し請求等をすれば足りるから、この点において原告には訴えの利益がない。

(三) 一般に身分関係存否確認の訴えが認められるのは、戸籍の記載が真実と異なるときにその訂正が必要な場合であって、本件においては日本戸籍には原告の主張と異なる記載はないから、この点からも訴えの利益がない。

2 本案について

(一) 韓国法においては、在外邦人の事実婚について、報告的に届出がされれば婚姻が成立する制度があるところ(在外国民就籍・戸籍訂正及び戸籍整理に関する臨時特例法三条二項)、文龍と月先は昭和二七年七月一六日結婚式を挙げ、以来文龍の死亡するまで日本において婚姻生活を送っていたが、月先は文龍の死後自分が韓国の戸籍上文龍の妻となっていないことを知り、昭和五八年七月二七日韓国済州道北済州郡朝天邑長に対し右制度による届出をしたものである。

従って、本件婚姻は韓国法上有効な婚姻である。

(二) 本件婚姻については昭和五八年八月二五日、韓国済州地方法院においてその存在を確認する旨の審判がなされ、同年九月一四日に確定している。

韓国民事訴訟法二〇三条は外国判決の承認について規定しており、韓国と日本国との間には判決の相互保証があるというべく、右審判は日本民事訴訟法二〇〇条所定のその他の要件を満たすので、日本においても既判力を有する。

従って、右審判に反する原告の請求は棄却されるべきである。

(三) 文龍と月先は、前述のように平穏に日本で婚姻生活を営んできたものであり、原告はその間に生まれ養育されたにもかかわらず、自己の文龍に対する相続分を少しでも増やそうと言う意図のもとに、父母の婚姻の効力を否定するため本件訴訟を提起するのは権利の濫用であり、許されない。

四  原告の反論

1  被告補助参加人ら主張の審判は、手続面、実体面の両面において民事訴訟法二〇〇条三号にいう公序に反するので、同条により効力を認められる外国判決とはいえない。

2  即ち、右審判においては実質的に最も利害関係を有する原告に、なんらの訴訟参加の機会を与えていないので、手続保障の点で問題があり、右審判を承認することは、わが国の公序を害する結果となる。

3  また、右審判は、被告補助参加人らないしその協力者が、文龍と月先が日本で婚姻届出をしていた旨の文書を偽造することによって詐取したものであるから、右審判を承認することはわが国の公序に反する。

第三  証拠〈省略〉

理由

一被告補助参加人らの参加の許否

〈証拠〉によると、被告補助参加人らは月先の遺言執行者であることが認められ、右事実によると、被告補助参加人らは本件訴訟の結果に利害関係を有するということができるので、その補助参加は許容されるべきである。

なお、原告は、月先は遺言をした昭和五九年四月三日当時意思能力がなく、従って遺言は無効であり、被告補助参加人らは本件訴訟に利害関係を有しない旨主張するので、この点について判断する。〈証拠〉によると、右遺言をした頃月先は精神分裂症の病状を呈していたことが認められるが、公証人の面前における月先の口述に基づいて作成された遺言公正証書(甲第一〇号証)があること及び〈証拠〉に徴すると、月先が右遺言時に意思能力を欠き事理の弁識能力がなかったものと認めることはできない。

二原告補助参加人の参加の許否

〈証拠〉によると、天吉は文龍の子であること、天吉は昭和六一年一二月二四日死亡したこと、原告補助参加人はその配偶者であったことが認められるから、原告補助参加人には参加の利益がある。

三訴訟要件の存否

1  婚姻関係は、身分関係の基本であり、その効力は多くの法律関係に影響を及ぼすものであるから、当事者の一方ないし双方が死亡した後でも、その効力について具体的な利害関係を有する者が存在し、婚姻関係の存否を確認する利益がある以上確認訴訟の対象となると解すべきである。そして、婚姻関係の存否確認は、その効力の確認という点で婚姻無効確認訴訟と同様であるから、当事者双方が死亡した場合には人事訴訟手続法二条三項を類推適用し、検察官を被告とすべきであり、その余の手続についても婚姻無効確認訴訟の規定を類推適用すべきである。

2  〈証拠〉によると、文龍は、韓国国籍を有する外国人であるが、昭和五七年四月二〇日死亡し、その相続が開始したこと、月先は、韓国国籍を有する外国人であり、丙月仙、○○愛子、△△愛子とも称していたものであるが、同六〇年七月二四日死亡したこと、文龍と月先は、昭和二七年五月日本において結婚式を挙げ、以来文龍が死亡するまで日本において同居していたこと、両名の間に同二八年七月二五日原告が、同三〇年一二月二八日天吉が出生したこと、そして、文龍は同三〇年一〇月二四日、横浜市中区長宛に文龍を父とし月先を母とする原告の出生届を提出したことが認められる。

右事実によると、文龍、月先、原告及び天吉は、いずれも日本国籍を有しない外国人であるから、本件は渉外的法律関係であり、その準拠法は法例等のわが国渉外私法で定まるところ、出生届が認知の効力を有するか否かは法例上認知の方式の問題であるから、法例八条二項により、その準拠法は行為地法である日本法となる。ところで、民法七八一条所定の認知の方式について、父から出生届がされ、それが戸籍事務管掌者に受理された場合には、右出生届が認知の効力を有することは確定した判例であり(最高裁判所昭和五一年(オ)第三六一号事件、同五三年二月二四日第二小法廷判決)、このことは、右出生届が外国人登録事務管掌者によって受理された本件のような場合でも別異に解すべき理由はないので、原告は文龍の実子であるということができる。〈証拠〉によると、月先の弟である被告補助参加人ら及び国男は、本件婚姻が有効であることを主張して、文龍の遺産に対する原告の相続分について争っていること、また、国男が文龍の遺産を占有・管理していることが認められる。

以上によると、原告には、両親の婚姻の効力を確定することによって文龍の遺産に対する自己の相続分を定める利益が存する上に、両親の基本的な身分関係について明らかにし、そこから発生する多岐にわたる紛争を防止することにつき利益があるということができるので、本件について訴えの利益及び原告適格があるというべきである。

四本件婚姻の不存在

1  前記のとおり、文龍と月先は、昭和二七年五月以来文龍の死亡時まで日本で同居していたが、〈証拠〉によると、両名は、日本において外国人に要求される所定の婚姻届出(戸籍法二五条二項、七四条、同施行規則五六条)をしていないことが認められる。

届出が婚姻の成立要件か否か、また、その要件を満たさない婚姻の効力如何は、婚姻の形式的成立要件の問題であり、法例一三条一項但書により挙行地法の適用を受けるところ、法例が絶対的挙行地法主義の原則を採用しているのは、婚姻の方式がその挙行地の公序良俗と密接な関連を有するからであり、ここにいう挙行地とは、当事者の少なくとも一方の所在地であることが必要であると解されるところ、当事者双方が日本に所在していた本件では、挙行地法として民法が適用されることになる。

2  従って、本件婚姻が韓国法上有効か否かを問うまでもなく、日本における婚姻届出のない本件婚姻は不成立というほかはない。

五韓国審判の承認

〈証拠〉によると、被告補助参加人ら主張の韓国における審判が存在し、右審判は確定していることが認められるところ、その日本国内における効力を考えるに、〈証拠〉によると、右審判は対席の方式で審理され、証拠調べ等は当事者主義による手続によって行われたことが認められるので、右審判は民事訴訟法二〇〇条の外国裁判所の確定判決に該当するものと解される。

しかし、〈証拠〉によると、右審判は、月先の関係者が東京都荒川区長作成名義の昭和二七年七月一六日当時本件婚姻の届出が日本において受理されていた旨の文書を偽造し、これを用いて詐取したものであることが認められ、右事実によると、右審判はわが国の公序に反するというべきであるから、民事訴訟法二〇〇条三号に反し、日本においてその効力を認めることはできない。

六権利濫用

仮に、原告が父の遺産に対する相続分を増加させるため、死亡した両親の婚姻の効力を争っているとしても、それだけでは直ちに権利濫用とはいえず、本件記録を精査しても他に権利濫用に当たるべき事情を認めることはできない。

七結論

以上により、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九四条後段、人事訴訟手続法三二条、一七条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官原孟 裁判官樋口直 裁判官水野有子)

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